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昭和30〜40年くらい...
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わが家だけでなく、まだほとんどの宿が囲炉裏の時代です。

夕飯時にはお客さん全員が囲炉裏の周りに集まって、家族と一緒に食事を召し上がっていただいたものです。

テレビもまだ白黒テレビがようやく普及してきた頃(もっと前?)で、もちろん客室にTVなど無く、
夕食後はみんなで一杯やりながら楽しく夜を過ごしたものです。
そうそう..あのころは相部屋が当たり前、山小屋感覚でした。

左上の写真は、初代のじいさんばあさんと二代目の兄弟、そして奥にお客さんのすがたも見えます。
お銚子があるところを見ると、おそらく夕食後にみんなで一杯やっているところでしょう..

中下の写真はもう何年か後におなじみさんと玄関先で撮った写真です。
なんと(真冬の雪国で)スカート姿の女性がいます。
昔は特別にお洒落な人たちのスポーツだったんです..

右の写真に写っているのは子供用のスキー。竹ストックと長靴をひっかけるバンドがついただけのスキーです。
とっても雪がおおかったころです。あまりに多いため、家の前の電柱が殆ど雪に埋もれ電線をまたいで歩くような事もしばしばでした。

一階の屋根まで雪がつもるのが当たり前だったんです..この頃は...

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この写真もだいたい同時代のものだと思います。
左は第一ヒュッテさん前でのスナップです。残念ながら今となってはモデルの女性が誰なのかわからなくなってしまいました。
右は撮影場所は定かではありません(たぶん現中央第二の上)が、ゲレンデから湯沢方向を望んでいます。

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昭和40〜50年くらい...
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中央・左上・右下はわが家の歴代番頭さん。温泉宿の番頭さんのようにみんな「久保旅館」と入ったハッピ姿でした。
40年代に入るまでは、ソリ(昔は馬に引かせた大型のもの)を引いて石打駅までお客さんを迎えに行っていました。
このころでも、どこの宿でも半纏(或いはハッピ)がユニフォームで夕方になると名前入りの提灯をさげて駅までお迎えに出かけたものです。

撮影場所はいずれもわが家の玄関前です。このころはまだ道路も雪に埋もれ、玄関からスキーを履いてリフトまで滑っていったものです。

右上は山長食堂さんの前、今の観光第一エクスプレス乗り場付近です。後ろに見える「売店 久保」の小屋は、当時わが家でやっていたお土産やです..このころは既に殆ど休業してました..たしか..

このころはまだスキー靴も皮製、濡れると指先がとっても冷たかったものです..

左下も、ほぼ同一地点、観光第二エクスプレス乗り場付近です。
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昭和50年くらい〜
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わが家も少しボリュームアップし、ほぼ現在と同じ規模になっています。
現在と外観が殆ど変わらないのが少々怖いですが..骨組み以外は総とっかえ..です。

この頃は、除雪車が毎朝道路の除雪をするようになり、写真のようにほぼ道路は無雪になっています。

右はわが家の玄関先で、お客さんとのスナップショット。

スキー靴もプラスチック(?)になり、ウェアも合成繊維系になってきています。そして何より色使いも原色が多くなってきました。

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続く… です。
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これ以降については、またボチボチまとめていこうと思っています。
作業が進んだらまた掲載します。..ただ、予定が全くたたない..です.が..
数十年前の写真ということで、お客様の写真もご勘弁頂き使わせていただきました。もし不都合がありましたらご連絡ください。

「懐かしい…」で済ませていただければ幸いです。


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